地域に育てられ、地域を育てる工務店

萩原 正彦・萩原 薫

株式会社 萩原工務店

昭和40年の創業以来、地域に根差して家づくりを行ってきた萩原工務店。お客様のご要望を取り入れたプランと、確かな技術力が評判。5年前より小さなえほん館という新たな取り組みをはじめ、地域のコミュニティ再構築の一翼も担っている。

株式会社 萩原工務店

萩原工務店の「小さなえほん館」

萩原工務店を訪れると目に入ってくるのは「小さなえほん館 おとぎの森」の看板。5年前に打ち合わせスペースを改装して、地域の子供や親たちが集まれる絵本館として開放した。

萩原工務店えほん館内観

株式会社 萩原工務店おとぎの森看板

「きっかけは10年前。4人の子供のうち2人が、不登校を経験したんです」そう語るのは、萩原工務店創業者(現・会長)の娘である萩原薫さん。「絵本の世界は感受性の強い子供たちには入り込みやすい。絵本を読んで想像して、自分もできるんだって自信をもたせようって。そういう取り組みです。近所の人とのつながりをつくるだけではなく、最終的には人の“居場所”になれればと思っています」

株式会社 萩原工務店 萩原薫

株式会社 萩原工務店えほん館内観

「子供だけでない、高齢者も近所の集まりが必要だよね」今年79歳になる会長の提案で、将来的には会社の隣にコインランドリーと駄菓子屋・漬物屋もつくる予定だ。

「コインランドリーの待ち時間は暇だから、駄菓子屋に遊びに来た子供たちと話ができる。あの子供、あそこのお母さんの子なんだよ、ひとりで歩いているけど大丈夫かなって。会長からはそういうことをやってもらいたいって話です。お金儲けっていうよりも、心のつながりが欲しいよねって、みんなで言っています」

創業当時は地域に支えられた

地域のつながりを大切にする萩原工務店。その原点は、創業当時にさかのぼる。「父(会長)は中学生で両親を亡くしています4人兄弟の中で弟・妹を育てるために、早くから働きに出ました」東京で大工として10年の修行ののち、地元へ戻って萩原工務店を創業した。

「大工の場合は、親が大工で後を継ぐパターンが多かったけど、父は違った。当時の地元では珍しかった和洋折衷の文化住宅の技術を東京から持ち帰り、若くして一代で工務店を始めたということもあって、周りから期待されていました。特に地元の建設会社の社長さんなどには「萩原はこの場所にいろ、ここで工務店をやってがんばれ」と支えていただいたそうです。他にも地元で古くからご商売を続けられている多くの方をはじめ、とにかく色んなつながりで、地元の人たちに可愛がられてお仕事ができていたと聞いています。会長が創業時に可愛がってくれた地域のみなさまがいたから今の我々がいる。その恩返しのためにも、微力ながら我々が地域のコミュニティを再構築する一翼を担えればと思っています」

株式会社 萩原工務店創業時

株式会社 萩原工務店住み込み大工

萩原工務店では、創業当時から徒弟制度をとっていた。家に8人以上いた弟子たちと薫さんは、家族のようににぎやかに育ったそうだ。「小学校時代は住み込みのお弟子さんたちに囲まれて育ちました。年の離れた兄弟がたくさんいる家庭みたいで、お兄ちゃんって呼んでいたんです。巣立ったお弟子さんたちは、その後ハウスメーカーや違うところで働くようになったけれど、毎年正月になると家族も含めて集まっていましたよ。住み込みで家族的になれる、徒弟制度の昔ながらの古き良きところでしょうね」

お客様に正直に

小さいころから弟子たちに囲まれて育った薫さんは、自然と『萩原工務店を継ぎたい』という意識を持つように。専門学校で室内設計を勉強後、建設会社で3年間の修行をした。「最初は設計をやっていましたが、自ら希望して現場監督になりました。当時は女性の現場監督は珍しかったようですが、女だからって特別扱いはされませんでした。やめたいときもありましたが、結婚するまでは続けようと。結婚をきっかけに萩原工務店へ入社し、経理やモデルハウスの営業を担当しました」

株式会社 萩原工務店萩原薫

株式会社 萩原工務店

現在、2代目社長を務める萩原正彦さんも、薫さんとの結婚を機に27歳で萩原工務店へ入社。それまでの不動産会社での修行経験を活かし、営業兼現場監督として働き始めた。「営業としてお客さんと話をするし、現場監督として施工方法もわからなければいけない。だから現場作業員として働きながら、土木から建築まで現場で学びました。その頃が一番大変でしたね。お客さんに嘘をつきたくないから、きちんと納得して説明できる施工方法をつくり上げる必要がありました」

株式会社 萩原工務店萩原雅彦社長

株式会社 萩原工務店外観

「萩乃家」のこだわり

萩原工務店の完全自由設計住宅「萩乃家」のこだわりは、お客様の土地や資金、家族構成などさまざまな条件に合わせて、納得のいくまでプランを練ることだ。社長と薫さんの2人でプランを出し合い、ひとりの考えに固着せずに客観的な意見を言いながら形づくっていくという。

「最初のご提案から打ち合わせ回数でいうと、相当長いと思います。1年くらいかける人もざらで、プランを50パターンだすことも。そのくらいはあたりまえで考えています。結局、最初のほうでまとまることが多いんですけどね。もしお客様の時間がなくて、焦って建てようとしたら全力で止めます。焦らないようにしましょうと。お客様から求められる限りは、ご要望に応え続けます」

株式会社 萩原工務店上棟

株式会社 萩原工務店萩乃家

不動産部を併設しているので、土地探しから行える。ショールームにキッチンを見に行くのはもちろん、希望があればお客様といっしょに材木を見に行くこともあるという。「こだわるお客様とは、材木屋さんにいっしょに出向くこともあります。けやきの柱を見たいっていうことで、群馬まで行ったこともありますよ。もともと大工は柱や木の質を気にするし、材木の仕入れもしていたからできていることです」

株式会社 萩原工務店作業場

株式会社 萩原工務店上棟

できないことは、ありません

今、萩原工務店の社員は会長・社長・薫さん・経理・事務・大工の6人だ。そんな“小さな工務店”だからこそ、ひとつの家に集中できる。柔軟な対応ができるのも魅力だ。「『うちで建てるとこうですよ』って自社の強みを宣伝するところはよくありますよね。当社では『これはできますか?』って聞かれれば、特許などでない限り、できないことはほとんどありません。UA値、耐震等級、気密の数値など言われればそれに合わせてつくれるし、あらゆる測定もできます。でも性能を上げれば坪単価が上がってしまうのは当然なので、ある程度の尺度を持つことは大切だと思います」

株式会社 萩原工務店大工

株式会社 萩原工務店大工

昔ながらの手刻みや墨付けの技術を継承する萩原工務店。一方で、20年以上前から耐震金物や基礎パッキン工法を採用するなど、新しい技術も積極的に取り入れてきた。「例えば手刻みでできる“捻れ止めの目違い”は、機械で加工する“プレカット”ではできません。手刻みはその人の技術にかかってきますが、金物工法だとそういうのはないので安心していられますよね。ひとつの作業や工法には、それができた背景や目的があります」

第三者機関による建物検査も、お客様の安心を守るためにいち早く取り入れた。最近では耐震性のある自然素材の合板を使うなど、地球環境破壊を防ぐことにも力を入れているそう。新しい技術がでたときには、その根拠や目的を確認する。そしてお客様のためになるものであれば進んで取り入れる。そこには萩原工務店の“お客様により良い提案をしたい”という一貫した想いが感じられた。

株式会社 萩原工務店上棟

株式会社 萩原工務店おとぎの森の壁

家づくりを通して、お客様と信頼関係を結ぶこと。小さなえほん館や駄菓子屋を通して、地域のコミュニティを再構築すること。一見関係ないように見える2つの活動だが、どちらも根底にあるのは萩原工務店が創業の頃から大切にしてきた“人とのつながり”という大きな目的だ。50年前より地域に愛され地域に育てられてきた萩原工務店。これからは地域を育てる工務店として、大きな役割を果たしていくだろう。

株式会社 萩原工務店大工法被

株式会社 萩原工務店えほん館

株式会社萩原工務店
電話:0120-456-447
URL:http://www.hagiwara-k.co.jp/
住所:〒289-2613 千葉県旭市後草3291(地図で見る

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